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84f6a07a437879199ec80260d0d6e3eb香川 真司は、1989年3月17日兵庫県神戸市出身のプロサッカー選手。ブンデスリーガ・ボルシア・ドルトムント所属。日本代表。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。日本代表  ユニフォームの背番号は「10」

個人履歴

2006年にセレッソ大阪に入団した。2010年7月1日、育成補償金35万ユーロ(約4000万円)でブンデスリーガ1部のボルシア・ドルトムントに移籍した。2011年1月には国際サッカー連盟(FIFA)が発表した「2011年期待の若手13人」の1人に選ばれた。2012年6月5日、イングランド・プレミアリーグの名門マンチェスター・ユナイテッドFCへの香川の完全移籍に関してドルトムント及びマンチェスター・ユナイテッドの双方が合意したことが両クラブから発表された。2014年9月、香川真司が古巣ボルシア・ドルトムントへ移籍した。契約期間は四年間。

選手としての特徴

概要

攻撃面での高い技術およびセンスを備えたセカンドストライカーないしトップ下であり、ボールのコントロール能力、敏捷性、カットイン時のオフ・ザ・ボールの動き、視野の広さ等は高い評価を得ている。ドリブル、シュート、パスと、攻撃の組み立てからシュートに関わるプレー能力が高く、主にカウンター攻撃やショートカウンター攻撃ではスピードに乗りながらプレーすることができる。 反面、後述するように体幹の強度は今一つであり、攻守両面におけるパワーを用いたプレーについての評価は決して高いと言えない。

オフェンス能力

動き出しのタイミングを見極める力やスペースを見つけ出すセンス、敏捷性に優れ、味方のパスを引き出す能力に長けている。またボールの扱いそのものも巧みで、バイタルエリア(相手のディフェンスラインと中盤の間のスペース)で動きながらボールを受けた後に素早く反転するための優れたトラップ技術も持つ。この技術により、ゴールを背にした姿勢でボールを受けても力の強いディフェンダーとの競り合いをうまく回避してフィジカルの不足を補いながらゴール正面を向くことができる。また正面を向いた際の足元の技術とゴール前での冷静さ、視野の広さ、両足でボールを扱える器用さを持ち合わせている。

ユルゲン・クロップ監督の時代はトップ下での起用が多かったが、マンチェスター・ユナイテッド時代はサイドハーフでの起用が主になり、実力を発揮できなかった。ドルトムント復帰後のトーマス・トゥヘル監督の時代になり、インサイドハーフでの起用にも徐々に適応した。日本代表では4-2-3-1の左サイドハーフで起用されることが多く、監督のアルベルト・ザッケローニは香川の適したポジションを「トップ下ではなく、セカンドトップ(シャドーストライカー)」と評価している。

2012年、ドルトムントでチームメイトだったドイツ代表MFマリオ・ゲッツェは「シンジはトップ下としてヨーロッパ・ナンバーワンのプレーヤーだと思う。見ていて何度も腰を上げちゃうほどエキサイティングなプレーを連発しているよね」と語り、またドイツ代表DFマッツ・フンメルスは「シンジはワールドクラスの選手だ。ボールをキープする際のスピードとテクニックには悪魔的な怖さを感じるよ。味方でよかった」と語っている。

フィジカルと守備力

反面、フィジカル(体幹の筋力の強さ)を活かして相手選手と競り合うプレーは攻守ともに得意ではなく、競り合いと同様に体幹の力が要求されるミドルシュートの球威も高い評価を得ているとは言えない。同じトップ下のタイプに属する選手であるリオネル・メッシと比較してもミドルシュートの球威のなさは顕著である。本人もその点は自覚しており、マンチェスター・ユナイテッド時代は筋力トレーニングに取り組んでいることを明かしていた。ヘディングは不得意である。

その体幹の弱さから守備力、特に1対1の局面での貢献度を疑問視する見方は絶えない。かつてユルゲン・クロップは香川の「守備力」を評価し、ボルシア・ドルトムントからマンチェスター・ユナイテッドへ移籍する際には、ドルトムントの守備面での戦力低下を懸念していたが、彼が言及した「守備力」とは「相手に押し込まれた時や球際での競り合いにおいて当たり負けしない能力」を含む「総合的な守備力」ではなく、クロップが好むゲーゲンプレス(ハイプレッシング戦術の一種)を行う上で最前線の選手(ファーストディフェンダー)に要求される能力、具体的には最前線でのフォアチェックに不可欠な敏捷性と運動量のことであって、香川の守備力に対する評価は彼の戦術的な信念と一体のものであった。

d0cef46222be9312f42b7dd62b6a1e33本田 圭佑は、大阪府摂津市出身のプロサッカー選手。セリエA・ACミラン所属。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。日本代表の背番号は#▼4番。本人アスリート初のMIT特別研究員、就任期間2年。

個人履歴

2005年、名古屋グランパスフットボールクラブに入団した。開幕戦から先発出場してアシストを決め翌年にはレギュラーに定着した。2008年1月、エールディヴィジ(オランダ1部リーグ)のVVVフェンローへ移籍した。2010年1月、冬の移籍市場で移籍金900万ユーロ(約12億円)、4年契約でロシア・プレミアリーグのCSKAモスクワへ完全移籍。2013年12月11日、イタリアセリエA・ACミランへの完全移籍が正式発表された。契約期間は3年半、背番号は自ら希望した「10番」に決まった。2016年10月11日、W杯3次予選のオーストラリア戦では約4年ぶりとなる1トップで出場し、原口元気の得点をアシストした。

評価

CSKAモスクワの監督であるレオニード・スルツキーは本田について「本田は最高のテクニックを備えた選手だ。ビッグクラブでも十分にやっていけるだけの強い精神力も持っている。高精度のラストパスに強烈なシュートと、近代サッカーの司令塔に求められる資質をすべて兼ね備えた選手。」などと語っている。

2010年のFIFAワールドカップ・南アフリカ大会敗退直後、アーセナルのアーセン・ヴェンゲル監督より「天才」「ここまでのベストプレーヤー」「間違いなくトップレベル」「日本のさらなる成長のためには本田のように能力が揃っているクローン選手を育成するべき、それが無理なら本田をさらに活かすためにビジャのような相棒を探すべき」との絶賛を受けた。FIFAの技術研究グループが作成したW杯南アフリカ大会の報告書では、松井大輔とともにドリブル技術が高いと評価された。10月には世界的なサッカー情報サイト「goal.com」が「アジア人最高のサッカー選手」と称える記事を掲載した。

2014年のFIFAワールドカップ・ブラジル大会では批判もあったが、コートジボワール戦をイタリアのガゼッタ・デロ・スポルト、フランスではル・モンド、レキップ、コロンビア戦をブラジルのプラカール誌、ガゼッタ・エスポルチーバ、ランセ紙、フォーリャ紙では高評価が与えられた。グループリーグ終了後に国際サッカー連盟 (FIFA) は、公式分析システムのカストロール・インデックスを使い、出場全選手736人のランキングを10点満点で発表し、本田は8.96点の全体37位及び日本選手では最上位と採点した。

13-14シーズン途中に移籍したACミランでは、クラブOBのアレッサンドロ・コスタクルタに「現時点での本田は『ミランの10番』どころか、単に『ミランの一員』としても認めるわけにはいかないレベルにある、と言わざるを得ない。」、同OBのパオロ・マルディーニはミランの低迷を踏まえて「その救世主たり得るだけの実力を本田は残念ながら持ち合わせてはいない」、と評された。

しかしOBでミラン監督のフィリッポ・インザーギは14-15シーズン前から「本田は勝利に必要なスピリットを随所で見せられる選手。(イタリアメディアが)本田に対して過小評価の報道をするのに納得できない」と、イタリアで報じられる本田不要説を一蹴。14-15シーズン開幕後、元イタリア代表DFフルヴィオ・コッロヴァーティは「本田には驚いた。異なるサッカーから来た選手だからね。良いクオリティーを持った選手だ。」、 ミランOBのマウリツィオ・ガンツは「本当に素晴らしい活躍を見せている。ミランのクオリティを高めた」、イタリア高級紙コリエーレ・デラ・セラは本田の得点力を「ミランのチェッキーノ(Cecchino:射撃の達人)」という異名をつけ、 ガゼッタ・デロ・スポルトは「美徳と勇気を備えた男」と、関係者・マスコミが次々と評価を翻している。

日本代表監督として4年間本田を指導していたアルベルト・ザッケローニからは「素晴らしい技術に恵まれた偉大なプロ意識の持ち主だ。彼は日本人選手としては珍しいタイプで、フィジカルが強い。際立ったパーソナリティーがあり、試合の中で多くのボールを必要とする」「彼は少し引っ込み思案なところがあって、たくさん喋るタイプではない。だが、ピッチの上では自分の方法でリーダーになる事を知っているね」と2016年に語られている。また、ザッケローニは本田がサイドのポジションで起用される事に懐疑的な見解を示しており、あくまでトップ下が適正だと言及している。「これは私が昔から言っていることで、彼はトップ下の選手なんだ。彼は足下でボールを受けて、そこからアイディアを出す。彼は100本のパスを送る必要があり、そうしても決して疲れることはない」と評す一方で、ACミランでサイドのポジション争いをしているスソやエムベイェ・ニアンからポジションを奪う事は不可能だと語っている。